大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所宮崎支部 昭和62年(う)35号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人川崎菊雄提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官阿部貫一郎提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点について

所論は、要するに、被害者は腰部に圧痛があるだけであり、これをもって刑法二〇四条の傷害ということはできないのに、原判決が刑法二〇四条の傷害にあたるとして傷害罪に問擬したのは、事実を誤認したか若しくは法律解釈を誤ったものである、というのである。

そこで検討すると、原判決挙示のAの司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、被害者は被告人から原判示の暴行を受け、その翌翌日医師Bの診断を受けたことが認められ、そして、原判決挙示の診断書には、病名欄に「腰部、大腿部打撲症」と記載されているほか、「挫傷、皮下出血、腫脹、その他他覚的所見は認められないが、腰部に圧痛を認める。全治約一週間を要す」旨の記載があり、これらの事情に当審で取調べたA及びBの検察官に対する各供述調書も参酌すると、被害者であるAの腰部及び大腿部に痛みがあったことは明らかであり、被害者を診断した医師Bは被害者を触診をして圧痛があることを確認したうえ腰部、大腿部打撲症と診断し、その圧痛の程度等から痛みがとれるのに約一週間はかかると判断して前掲の診断書を作成したことが認められる。

ところで、刑法のいわゆる傷害とは、他人の身体に対する暴行によりその生活機能に障害を与えることであり、健康状態を不良に変更した場合も含むものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和三二年四月二三日第三小法廷決定。刑集一一巻四号一三九三頁参照)、身体に対する暴行により、その腰部等に圧痛を生じせしめたときは、たとい、挫傷、皮下出血、腫脹などの他覚的所見が認められなくても、身体内部における機能に障害を与え、健康状態を不良に変更したものとして傷害を負わせたものと認めることができる。

したがって、原判決挙示の関係証拠により被告人が被害者Aに対し原判示の暴行を加え、同人に原判示の傷害を負わせた事実を認定し、これを傷害罪に問擬処断した原判決は正当であって、原判決に所論のような事実の誤認若しくは法律解釈の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

所論は、原判決の量刑が不当に重いというものである。

記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも合わせて諸般の情状を検討すると、本件は、暴力団組員である被告人が、原判示のビデオインアメリカングループ「ルビー」店の店長にいわゆるみかじめ料を要求していたものの、同店店長が右要求に応じなかったため、たびたび同店に立ち寄り種々のいやがらせを繰り返し、原判示の日も同店に立ち寄り、みかじめ料を要求したり、ささいなことにからんだりしているうち、同店店員の被害者のしぐさに因縁をつけて無抵抗の同人に原判示の暴行を加えて原判示の傷害を負わせた事案であり、犯行に至る経緯、犯行の動機、態様などに酌むべき事由が乏しく、被害者には何らの落度もないこと、被告人は昭和六一年一〇月一六日に恐喝罪で懲役一年六月・三年間執行猶予の判決を受け、自重自戒すべき身でありながらわずか三か月余りで本件犯行を敢行していることなどを考慮すると、被告人の本件刑事責任は軽視することはできない。

したがって、被害者の傷害が軽いこと、被告人が本件の非を反省し、原判決後、弁護人を介し被害者に治療費及び慰謝料として五万円を支払い、被害者が被告人の寛大な処分を求める旨の陳述書を提出するに至っていること、以前被告人を雇ったことのある事業者が被告人を監督する旨述べていること、被告人の年齢、経歴、家族の実状、生活状況その他所論指摘の被告人に有利な又は同情すべき諸事情を十分考慮しても、本件が被告人に対し再度の執行猶予を付すべき案件とは認められず、被告人を懲役七月に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入について刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藝保壽 裁判官 仲宗根一郎 栗田健一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例